冬場もノーネクタイで過ごすという人も増えてきているようで、業界動向としては厳しい状況がまだまだ加速していくのかもしれません。
スーツ着てネクタイを締めるとビシッっと身が引き締まって気合が入るという人もいるでしょうし、
カジュアルなスタイルで楽に居たいという人もいらっしゃるなど人それぞれでしょう。
夏場はクールビズ推奨で、冬場は自由。そんな風潮になってるように感じるのですが、
それはただの『自由』であって、結局、ビジネス正装が必要な場合はネクタイをしめてカッコ良く、
それ以外の時は仕事の効率が上がるようなものを自分で選んで着るというのように、
TPOによって身に着けることを自分で選択すればよいのではないかと感じています。
ただ、ネクタイしない着こなしをしっかりできるのは比較的上級者。
あまり”〇〇であるべき”という表現をするのは良くないかもしれませんが、あえて言うなら、
ネクタイすべきスタイルからネクタイを取っただけ、が多いような気はしています。
もし機能性や生産性を重視するのであれば、服装全体がそういう方向でまとめないと印象を悪くする可能性もありますし、日本の気候にあった格好で、相手に失礼のない服装ができるのか、その辺りも議論になって当然かと感じています。
結局、ただそこからネクタイを”取っただけ”になってしまうと、
・東京地検特捜部に連れて行かれるヒト
・結構だらしないだけ
・居酒屋のサラリーマン
といったような、ちょっとオモシロ表現かもですが、そういった印象に見えてしまうという声もあります。
”するべき論”と”不必要論”
ネクタイをしている姿もカッコイイですが、していない人の中にカッコよく着こなしている人はいますし、見とれてしまうことさえあるくらいです。
私自身は圧倒的着こなしセンスがあるわけではないので、ネクタイをしてまとめます。
ですし、職業柄していたいという気持ちもあります。
スーツを着こなして、ネクタイをビシッと身に着けている姿は、どんなカジュアルよりもカッコイイ。
私はそう思っています。
スーツスタイルを一式身に着けることは一種の”型”にはめることと同義です。
型破りをしていけるのは一部の人で、大半は『取っただけスタイル』です。
確かにネクタイしてもしなくても人は変わりません。
当たり前にしていたからして、みんなしなくなったからしないというのは、流されすぎなようにも感じてしまっている自分も居ます。
結局、ファッションは自由であるべきで、その中でTPOに合わせた一定の”型”が存在しています。
自由だからと言って、葬式にTシャツ着ていくのが不自然なように、継続していくべきものは存在しています。今まで当たり前だったものが当たり前じゃなくなってきている中で、
『不要論』を唱えるよりも、『自由論』を語った方がはるかに意味があるように思います。
そこで言いたいコトとしては、ネクタイをしない事が当たり前になっている現状を考えた時、
あえて着用していることは価値になるんじゃないでしょうか?
結ぶことに価値を感じてくださる方、私たちが提供するネクタイを愛してくださる方が居る限り、ネクタイ職人として貫いていく想いを大切にしていきたいと思っています。