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2018年6月4日
 

地域ブランドだったり、産地を全面に押し出したブランディングや産業の押し出し方は多く見ることがあります。

 

 

職に関して言えば、観光に繋がる有効な手段として、

 

「ここでしか味わえない」といったようなものはとても魅力的だと思います。

 

はっきり伝統工芸とうたっている産業もそうです。

地域ならではの誕生と発達をしてきたものですから、その特性を最大限に活かした打ち出しは有効なモノだと感じます。

 

 

 

 

一方、繊維産業はどうでしょうか?

 

産地のものだから素晴らしい。この産地のものだったら間違いない。

 

というところまで地域を活かしきれているのは、

 

岡山の児島ジーンズと愛媛の今治タオルくらいしか、私は思いつきません。

 

 

産地商売として、地元の人たちの愛用品とだけ提供していくのであればそれはそれでいいです。

 

 

ただ、私は「ご当地商品」や「産地PR」をしているわけではありません。

 

 

私たちの送り出す商品や世界観に共感してくださって、選んでくれる全国のお客様に届けたいと思っています。

 

 

商品背景としての生産地や素材の生産背景は必要です。

商品ストーリーも大切です。

産地を否定しているわけでもなんでもありません。

 

 

 

ですが、産地推しをするだけで、ユーザーに満足してもらえるものが送り出せる。

喜んでもらえて、感動してもらえると思っているのであればそれは違うと思うだけです。

 

 

地域性という部分で言うのであれば、地元に、身近に、そういった全国へまた世界へと送り出して通用するブランドがあるということを価値にして、周りの人たちに誇りに思って大切にしてもらえれば、認知が広がってきたり、世間で認められるようになって来た時に初めて地域が生きてくるようにも思います。

 

だからSHAKUNONEは地域の枠に収まらないよう、全国への発信を続けています。

 

 

こんなモノが欲しい!   と    こんなものを送り出したい!

 

 

 

この間には見えない大きな壁が存在します。

 

 

多くの販売の機会を頂いて、作り手として店頭に立ってお客様と関わってきたからこそ、それをとても感じています。

 

 

作り手や販売者の立場からすれば、多くの商品の中の一つでも

ユーザーからすれば大切な一つのモノだ。

 

 

こういった意識は、立場が違えばどうしても発生してしまいます。

 

 

よく、《お客様に寄り添ったサービスを・・・》

 

と言うことを聞くが、その意識を真の意味で持っているかどうかと言えば定かではない。

 

 

 

その多くの悩みを解消する方法として、オーダーメイドと思いつくパターンはよくある。

 

 

確かに、オーダーメイドの魅力は、既製品にはない、自分の体形や好みに合ったモノを手に入れることができる有効な手段です。

 

 

一方、オーダーメイドをしてこだわりの一着を手にしたい!という層が、増えてきているとはいえ、全体のマーケットから見て少ないことは事実です。

 

 

とはいえ、私はスーツを買うのはオーダーをします。

 

なぜなら、お尻が大きいから。。。

 

既製のスーツだと、全体のバランスが整わず、着ている ではなく 着られている ような感じになってしまうのがこの上なく嫌だったからです。

 

 

ですが、ネクタイは自身で作るといっても、大きく仕様を変えて自分用に、とは作っていません。

 

私はブランドの立ち上げ当初、正直何を作っていいかわからなかった。

 

自分の作りたいものを作って、販売して認めてもらえる自信がありませんでした。

想いだとか品質だとかいうものに関してには自信があっても、初めて出す商品が認めてもらえるかは不安で不安でしょうがなかったです。

 

 

しかし、答えが見つからないのであれば、

自分の感性を「1」とするなら、その「1」も巻き込んで、「1000」の感性を集めようと思って育ててきたブランドがネクタイブランドSHAKUNONEです。

 

 

そこに、独自の感性を加えられるのが私の特権ですので、そこが非常に楽しいわけですが。。

 

 

だから、オーダーをしなくても、大丈夫なんです。

 

 

先日のブログでも書きましたが、

「1」の感性よりも「1000」の声の方がより正解に近いのではないかと考えています。

 

 

だからこそ、多くのユーザーと関わって、多くの声や意見を聞く。

それを練って絞って吟味して、ちょっとエッセンスを加えて送り出す。

※臭みが出るほどのエッセンスは不要です。

 

 

そうしてブランドを育ててきいます。

 

 

小さな企業の小さなブランドの細やかなブランディングを行っています。

 

 

結果お客様からは、商品説明を1~10まで行わなくとも、自然に手に取っていただけるようになりました。

 

 

 

この機会は、大手のブランドや有名ブランドに比べるとまだまだ少ないですが、

 

ユーザーと作り手の間にある壁や、意識のギャップを取り除きながら、ネクタイの新たな価値を提案していけたらと思っています。

 

誰もが一度は聞いたことのあるであろう、東京ガールズコレクション。

 

 

もちろん私は行ったことがありません。

 

 

世に流通している商品は多くがリリース前、いや、そのもっと前に受注を取るために展示会などを行っています。

 

 

ですが、その展示会やファッションショーに行ったことあるよ!という人が何人いるのでしょうか?

 

 

正確に言えばどこでやってるかも、いつやってるのかも知らない。

 

よくわからない。

 

 

 

結局、業界に関わっていたり、関係者だったり、そんな方々が来られるんでしょう。

 

それも当然と言えば当然でしょう。

 

 

 

店頭で取り扱い販売する商品は、そういったコレクションを発表する場所で目利きのバイヤーが見て触って判断し、そのお眼鏡にかなった商品が皆さんの目の前に並んでいます。

 

 

一般の人々より商品を見る目のある凄腕バイヤーが目利きしているのだから、当然市場に並んでいる商品は素晴らしいモノが多いです。

 

 

 

ですが、それを最後に見て触って購入決断をするのは皆さん自身です。

 

1人の有能なバイヤーが選んだ商品より、1000人のユーザーに選ばれた商品の方が、私はより正解に近いモノなのではないかと密かに思っています。

 

 

当然、まだ目に見ぬものを探し、ユーザに喜んでいただくために奔走したり、1つのブランドを押し上げることだってできるバイヤーは無くてはならない存在です。

 

 

ですが、ファッションショーや展示会になんて行く機会のない人々は、用意された選択肢の中から選ぶことしかできないと考えたら、モノとヒトが真にマッチングしているとはいいがたいのではないかと思ってしまいます。

 

 

 

だからこそ、先行して行う展示会も、自由にクラウド上で出来るようになれば、真にマッチングできて、世に送り出す商品が認められるのではないかと思うのです。

 

 

次のクラウドファンディングで挑戦したいのもその一端です。

 

情報が自由にやり取り出来て、こっそりひっそり商品開発をして、満を持してリリース!!みたいな当たり前から解放されているのが現代なんじゃないでしょうか。

 

 

ページ作りはかなり進行しています。

 

サンプルやリターン品公開の準備ができたらいよいよ開始が近づいてきます!!

 

2018年5月11日
 

最近、日本国内での製造商品のフォーカスが当てられることが多くなってきました。

 

そこで言われているコトは、日本ならではの品質とか素材。

 

ですが、【品質重視】と言うことで、そこまで響くのか?ということには疑問を抱きます。

 

国産製品の大部分が、そこそこいい値段で販売されています。

 

その価格の設定方法のシステムにも疑問を感じてしましますが。

 

その、そこそこいい値段で販売されている商品の品質がイマイチだ。

 

なんてことがあっていいのでしょうか?

 

 

我々からすれば、品質が良いコトなんて当たり前なのです。

 

良いものだったら売れる。支持される。

 

というのは神話みたいなもので、何の根拠もないものなのではないでしょうか?

 

 

 

ブランドを作り押し出しているのは《品質》ではなく《世界観》ではないでしょうか?

 

モノづくりの品質や産地推しだけで成り立つなら、今頃、産地や工場の敷地はビルの集合地帯です。

 

 

実際はそうではありません。

 

 

良いモノは信頼されて実績もついてくる。

 

 

それは安易な希望的観測であり、まったく的を得ていない。

 

 

我々が関わっているネクタイで例えてみましょう。

 

産地の生地を使用し、製作期間に膨大な時間を費やして、最高品質の商品を作った。
そのデザインは、TV業界ではキラキラモザイクで処理されるような汚物であった。

 

という商品がユーザーから支持されるだろうか?

 

 

 

面白半分で手にする人は一定数存在するかもしれないが、決してそれは恒久的なものではありません。

 

 

やはり、世界観を打ち出し、《なんとなく良い》を引き出し伝えることがブランドの役割なのではないでしょうか。

 

こだわりの部分をピックアップしたり、良さを伝えることと共に、言葉や文字では表しにくい《なんとなく》こそ最強であると思っています。

 

 

たかがネクタイ、されどネクタイ。

 

男性を魅力的に演出する一つのアクセサリーとして、独自の世界観を届けています。

 

 

 

某番組で、クールビズを題材にしたコーナーがあったのを拝見しました。

 

街頭インタビューから始まり、スタジオでのセッションみたいな感じだったのですが、

 

 

街頭インタビューはリアルな声でした。

 

肯定派

・暑い時期だから、軽装になって楽だ。

・結ぶ手間が省けたから嬉しい。

・父の日にネクタイを考えていたけれど、暑いから別のものを考えている。

 

否定派

・だらしなく見える

・男性の魅力が減少する

・華がない

 

 

といったところでしょうか。

 

 

スタジオに戻って、クールビズ対応商品という名目で。結ばずに簡単に使えるネクタイや、裏地がスマホ拭きに使えるような、便利グッズのようになったネクタイも紹介されていました。

 

 

そんな機能、ユーザーは求めているの?

 

というのが率直な感想でしたね。

 

 

 

本来の意味や、なんやらは置いておきましょう。

 

女性目線から見た、結ぶ姿や緩める姿がセクシーだ!みたいな話も横へ置いておきましょう。

 

 

 

 

私はネクタイに便利機能は必要ないと思っています。

 

 

ネクタイは男性を魅力的に演出するための一種のアクセサリーです。

 

 

女性がイヤリングをしたり、ネックレスをしたりする感覚を想像してみてください。

 

 

便利ネックレス。高機能イヤリングなど、ユーザーは求めているのでしょうか?

 

 

求めているとすれば、名探偵なんちゃらのような、身体機能を増強したり、声が自由に変わる変声期だったり、そんなところでしょうか。

 

 

ファッションの一部としてあるはずのネクタイが便利アイテムになりますよ!と言うことには違和感を感じてなりません。

 

 

確かに、高齢であったり、身体の不自由によりネクタイが結べないという方に向けて、簡易的に着脱が可能なネクタイがあったり、用途によってその力を発揮するものがあってもそれは良いことだと思っています。

 

 

時代に合わせた商品づくりは必要なことかもしれません。

対応していくことも企業としては必要なことなのだとは思います。

 

 

ただ、的外れにネクタイの本来の使用用途を変えていくことには違和感を感じてしまいます。

 

 

ネクタイが必要ない時期もありますし、ネクタイを必要としない人たちも当然おられます。

 

 

当たり前ん結んでいた時代からあえて結ぶ時代に移り変わってきたからこそ、変わらない部分や貫きたいプライドがあります。

 

本来の意味や、目的を忘れてしまいがちな状況が今のネクタイ業界ではないでしょうか。

 

 

2005年からのクールビズ。2011年の東日本大震災。

 

クールビズには拍車がかかり、多くのネクタイに関係する業態は苦境に立たされましたし、それは現在進行形で続いています。

 

 

私たちも逃げ出したくなったり、目をそむけたくなるような現実は目の前にたくさんあります。

耳を疑うような理不尽なことだってあります。

 

それでも本来の自分の想いを忘れてしまうと本末転倒です。

 

 

ビジネススタイルも、ライフスタイルも多種多様な現代において、それでも変わらす本来の魅力を伝えることが私たちのミッションだと考えています。

 

SHAKUNONEのネクタイはスマホを拭くものでもありません。

洗濯機でも回してほしくありません。

 

 

本来の姿でありのままにお届けしています。