中学2年生のとき。仲のよかったはずの友達からフル無視をされたときの話。
中2のとき、仲のいいグループからフル無視されて教室に入れなくなった経験があります。「これはイジメか?」と思った瞬間から、教室に入れなくなってしまいました。その時の話をTwitterで発信をしたところ、めちゃくちゃたくさんの反応をもらっていてビックリしています。なので、その時の話を少しブログでまとめてみます。
※https://twitter.com/shakunone/status/1485000515385651202?s=21
先生の言葉に追い詰められて、先生の言葉で救われた話。
この話の前提として、”ぼくより先にいじめられている人がいた”という事実があります。
いわゆる、ターゲットが順番に回っていくタイプの「フル無視ルーレット」がありました。そこに加担したつもりはないんだけど、正直”傍観者”ではあったと、今思えば後悔しています。ただ、自分に順番が回ってきたとき、コワさしかなかった。無視する理由なんてこじつけ。昨日までとは景色がちがう。なんこれ。苦しい。そんな体験でした。
目次
「先生、早退したいです」
数日間、無視されている日が続きました。最初は違和感とツラさを感じながらでしたが、「ぼく、イジメられているかも?」と思って、お風呂で独り言でつぶやいたとき、事実と心がリンクしてしまったのか、次の日から教室に入れなくなってしまいました。
ツラさ。悔しさ。恥ずかしさ。情けなさ。不安。こわさ。いろんな感情が入り混じって逃げたくなったぼくは、職員室にいって、たまたま居合わせたA先生に「早退したいです」と伝えました。当然「なぜ?」と聞き返されました。先生からしたらあたり前の質問。「フル無視されてて、教室に入るのがこわいです」と正直に伝えました。すると、少し語気を強めた感じで、「誰にでもあることだ。先生も経験した。それはイジメじゃない。ちょっと無視されたくらいで甘えてたら大人になって通用しないぞ」と言われたんです。
「それ、自分の子供にも言えるんですか?」
自分が甘えてるんじゃないか。こんなことを先生に相談してる時点でダサいんじゃないか。めちゃくちゃ苦しくなって、「ぼくがなにした?」「ぼくだけがツライ」「ぼくの気持ちなんて誰もわかってくれない」「でも、こんな弱音を吐くぼくが悪いのか」と自分を責めはじめていました。すると、少し離れた席からB先生が近づいてきて、会話に割って入ってこう言いました。「A先生。それ、自分の子供にも言えるんですか?」
B先生は、A先生より少し若い先生。後輩の先生が、先輩の先生に対して向かっていった構図です。ぶっちゃけ、このときの殺伐とした空気感は今でも忘れないです。先生同士お互いにカチンときて冷静さを失うくらい言い合っていましたが、他の先生が職員室に入ってきた瞬間に我に戻ったのか、僕の早退の件を担任の先生に引継ぎをしつつ、別の部屋に行って議論をしていました。
ただ、そのとき話に入ってきてくれた先生が『救世主』にみえましたし、その先生の声が震えていたのは、今でも忘れないです。
ぼくの感情
その後
その日は早退させてもらいました。
そして次の日。学校にすら行きたくはなかったんですが、前日に先生が言ってくれた「それ、自分の子供にも言えるんですか?」と、いう言葉があったおかげで、なんとか家を出ることができた気がします。学校に行ったら、部活の仲間たちが「おい、何も言わずに部活休むなよぉぉぉ」と明るく接してくれました。そのとき、相変わらず接してくれる人たちもいることを感じて、ちゃんと自分の居場所があるって思えたのが自分の救いになったと思ってます。最初はなかなか教室に入れませんでしたが、徐々に心が軽くなっていって、教室にもはいれるようになりました。時間が解決をしてくれたと言うのが正直なところです。ただ、時間はかかりましたし、今でも思い出すと胸が苦しくなります。
イジメの程度の話をしはじめると、もしかしたら僕の話は軽度なのかもしれません。
ただ、軽度とか重度とかの感覚はホントに人それぞれです。だから、勝手に自分のモノサシで他人を計って価値観を押しつけちゃいけないと、思います。ちなみにそれ日以降、最初に「甘えるな」と言ってきた先生は話しかけてこなくなりました。
伝えたいコト
先生も完璧じゃないって、大人になったらよくわかるります。だからこそ、あのとき寄り添ってくれなかった先生の批判ばかりをするよりも、あの瞬間に僕のヒーローになってくれた先生が賞賛されるような世界であってほしいってことです。
自己紹介をすこしだけ
僕は岡山県の縫製工場の三代目として働いています。途中でも少し触れましたが、母子家庭の長男で、母から家業を継ぎました。実は「私の代で潰すから」と言われた縫製工場でしたが、継ぐ決意をしました。子どもたちには背負わせたくないという親心もあったと思います。だけど、戦ってきた母親の姿をみてきたからこそ、想いごと継ぎたいと思ったんです。
2015年には夢だったブランドを立ち上げ、「いつか総理大臣に結んでもらえたらいいね」と話していました。途中では苦しいこともたくさんありましたし、比較するわけではないですが、寄り添ってくれなかった先生が言ってたように大人になってからの経験の方がくるしかったのかもしれません。ただ、毎日コツコツと取り組んできたことで、つい先日総理大臣にネクタイを結んでもらうことができました。
諦めなければ夢が叶うわけではないかもしれませんが、諦めなかった人だけが夢を叶えるんだと思います。
いろんな経験をしてきた中で、家業を継ぐ決意をしたときも、自社ブランドを立ち上げたときも、勇気が出ないときは、この経験を思い出して、B先生みたいに勇気を持って一歩踏み出すんだと思っていたります。
何者でもない自分のつぶやきが誰かに届き、ほんの少しでも何か変わったのかもしれません
そんななかで今回のツイートで出会えたのもご縁かと思います。すこしだけでいいので、僕たちのことを知ってもらえると嬉しいです。
もしよろしければ、サイトを見ていってください。
関連情報
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