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和服が少なくなって、洋服普通になりました。

手紙を書く機会が減って、FAXも減って、メールやSNSがコミュニケーションツールになりました。

レコードやカセットテープを使わなくなってiPodやデータ配信が増えました。

 

ワープロって何?MDって何?って人も沢山いるでしょう。

 

もしかしたら「車の運転?自動運転が普通でしょ」なんて時代もくるかもしれせん。

 

ネクタイも「なんでするの?」という意識になってきているように思います。

 

以前、アメトーーークでピンポイントアカデミー大賞という回で、ブリーフにフォーカスを当てたことがあったが、それも似たような話です。

 

 

それでも、 「あえての着物」「レコードならではの味」「手紙ならではの温もり」「運転することの自由や楽しさ」「あえてのブリーフ」 そういった価値はいつの時代もあります。 以前は当たり前だったことも、

 

利便性を求めて変わってきた現代において、変わることの素晴らしさと変わらない普遍的価値を理解する必要があります。

 

買い物1つをとっても、 家や外出先でも操作ひとつで買い物ができるオンラインショップ。

それでも店舗を構えて接客やコミュニケーションをしながら満足したお買い物をする方法は根強くあります。

 

何が正しくて何が間違っているか。 どれも正しいし、どれも間違ってない。

 

 

私はネクタイを作る職人ですが、 昔の当たり前に乗っかり続けてません。

 

ネクタイの必要性が減った現代で、 その価値観は変わっています。

 

 

「結ばなければならないもの」というルールから解放されて、

「身につけることの自由」へと変わっています。

 

 

西洋文化を発祥として、完成系として育ってきたスーツスタイルの中から、ネクタイを排除したスタイルも、当たり前になってしまえば慣れてしまうし違和感はありません。

 

当たり前という意識から解放されて、 「あえて」の境地にたどり着いたネクタイ。

 

自由になったからこそ、結ばないという選択肢がありますがその半面でだからこそ結ぶという選択肢もあっていいと思っています。

レトロにレコードを聞きこともそうですし、

あえて和服を着て街を散策することもそう。

車の運転だって、ブリーフやふんどしを着用し続けることだってそうです。

 

 

時代の犠牲者だという被害者意識だけを持っているだけでは何の意味もありません。

昔々からの古い慣習のままに生きている人たちは、「昔は良かった」「時代が悪い」「景気が悪いから」と言っています。

 

 

「作り手だから」という意識は排除できませんが、それを抜いても、決まったスーツスタイルに彩を加えられるネクタイは、「シンプルにカッコイイ」と思うからこそ、その価値や魅力を伝える為に仕事をしていきたいと思っています。

 

ネックレスや指輪も機能性は無くても身につけることで、個を華やかに演出し魅力的にします。

 

カッコよくありたい。 キレイでありたい。 美しく魅力的でありたい。 それは本能ですし、みんなそう思っています。

 

ネクタイも、スーツスタイルにおける素敵な共演者としてありたいと願い、それを貫きたいと思っています。

 

 

だからこそ、昔は出来なかったことをやりたいし、今の時代だからこそできる方法で未来を作っていきたいと思っています。

 

 

ネクタイが嫌いな人、面倒に思う人もいるかもしれません。 我々は不要な存在に思われるかもしれません。 それでも「カッコイイと思う」から辞めませんし伝えます。

 

 

少しでも、なんとなくでも、それが伝われば良いなと思っています。