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2017年1月17日
 

ネクタイといえば、一般的にみても厳しい業界だと感じる方も多いのではないかと思います。

クールビズが始まってから特にネクタイの必要性が問われる時代になってきました。

ネクタイは苦しくて嫌いという方もきっとおられると思います。

でも、ちょっと考えてみて欲しいのですが、 良い、悪いは脇へ置いておいて スーツというのは長らくシャツを着て、ネクタイを締めるというスタイルで完成してきました。その発祥であるヨーロッパでは今もそれに何ら変わりありません。

ちなみに元々の起源は諸説ありますが、約400年前のヨーロッパにて、兵士の帰りを願ってつけたスカーフが始まりとされています。

 

最近の日本では、職場が気軽なところでは ジャケットの下にTシャツやタンクトップでOKなところだって珍しくありませんし、ジャケット不要なんてことも聞きます

ただ服飾は文化ですから、自分と同時に自分をとりまく人々のために装うという一面もあるものです。 ネクタイという分かり易い「アイコン」を捨てることで逆にかえって、失礼にならないように装うために120%のセンスが要求されていることもあります。 決まったパーツを揃えてさえすれば何のセンスもなくても、何ら考えなくてもほぼ平均的な印象を稼げます。

ただ、ネクタイを外しただけだったとすれば、それは「ただネクタイを外した」だけのことです。 そこから周囲が受け取る印象は

「自分が楽になりたいから、ただネクタイを外している 相手に礼を尽くすことを面倒に思う利己的な人物」 と、言い方は過激かもしれませんが、これは日本ではおおげさなでも

欧米であれば決して脅しでもなく実際そのように受け取られかねないようなことです。
アメリカでこんな実験がありました。 NYで、男が穴あきジーパンにTシャツ姿で、道行く人を呼び止めて 「財布をなくした。悪いが家に帰るのに1ドル貸してもらえませんか?」と声をかけます。 この実験で、お金を貸してくれた人は一人もいませんでした。 次に、さっきと同じ男が完璧なスーツ姿にブリーフケースを持って 「財布を落としました。悪いが家に帰るのに 1ドル貸してはもらえませんか?」と声をかけると あれよあれよと・・皆次々に快く1ドル出してくれたそうです。 その人物がどこの誰かがわからなくても身に着けているものが判断する上での重要な要素になるのです。 日本だったら、ジーパン姿でも何人かは100円貸してくれたかもしれません。 結婚式にスーツを着てネクタイをすることであらわそうとしているのは、「祝福」の気持ち。

葬儀では「弔意」(ちょうい)の心を表します。

自分のしたい格好ではなく「その場に居合わせる人たちのために、自分がすべき格好」をすることを優先させるのだと思います。 そういう意味で、ネクタイというのは 長い時間をかけて考え出されたある意味とても便利な身に着けているだけで 「周囲を気遣って礼を尽くした心構えで臨んでおります」という気持ちを言わずとも周囲に伝えることのできる装飾品だといえると思います。
季節商品になったとはいえ、オフィシャルな場所にはやはりネクタイを締めると思います。

 

かといって、安気にしていたからといって時がたてば勝手に良い方向に変わっていくなんてこともないと思っていますし危機感ももっています。